プラトン『プロタゴラス』

 

プロタゴラス―あるソフィストとの対話 (光文社古典新訳文庫)

プロタゴラス―あるソフィストとの対話 (光文社古典新訳文庫)

 

 さすがソクラテス。『饗宴』を読んで、ギリシアで同性愛の慣習があることを初めて知り、その記述の生々しさに驚いたが、今回も俺の期待を裏切らない。書き出しは、こうだ。

 

ソクラテス、どこに行っていたのだ?答えは明白かな?若き美青年アルキビアデスのあとを追いかけまわしていた。そうだろう?

BLキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!っと思いきや、そういう記述は冒頭だけでした(笑)残念。前置きはさておき、作品紹介を

 

1. プロタゴラスとは?

 プロタゴラスはソフィストの代表例である。民主政が実現した古代ギリシアでは、政治に関することは成人男子が参加する民会で決められていた。民会において、弁論の技術が重要であったので、ソフィストと呼ばれる弁論術を教える職業教師が人気を博していた。

 

2. あらすじ

 ソクラテスの元にヒポクラテスが興奮した様子でやってくる。プロタゴラスがアテネに来たと。彼は私を賢者にしてくれると。そのヒポクラテスソクラテスが問いかける。プロタゴラスはどういう点で君を賢くするのか、また実際に何を教えてくれるのかと。ヒポクラテスは答えに詰まってしまう。ヒポクラテスはプロタゴラスの元で勉強するべきなのか確かめるため、ソクラテスはプロタゴラスの元に訪れ、論戦をしかける。論戦のテーマは「〈徳〉は教えられるものなのか?」

 

3. 結論らしきもの

 最初は〈徳〉は教えられないと主張していたソクラテスが、プロタゴラスと議論を続ける中で、最後には〈徳〉は教えられるんだと反転してしまう。プラトンは、読者にプラトンとプロタゴラスの一連の対話を追体験させることで、無知の知を自覚させ、哲学へと誘っているのである。

 

4. 対話篇、ソクラテスメソッドについて

 哲学をするということは、倫理の教科書や「よく分かる〇〇」のような解説本に載っている出来上がりの学説を覚えることではなく、哲学者の主張が正しいか間違っているかを検証していくプロセスに他ならない。このため、哲学書には対話式で記述していくのがわかりやすい。

 

 プラトンにとって、哲学とは、紙の上に書かれた既成の理論や学説のことではなく問題を批判的に考察して真理を探求していく知的営みそのものでした。ものを考えるということは、自分自身を相手に行う対話なのであり、自分自身を批判的な吟味にかける営みなのです。哲学の書物は、読者のこうした批判的思考を促すものではなければなりません。ですから、プラトンの作品では、正解が解説されるのではなく、正解を求めて試行錯誤する思考の過程が描かれることになります。ソクラテスが相手と繰り広げる議論を追いかけながら、読者もその探求に巻き込まれ、自らの批判的思考を鍛え上げていく プラトンの対話篇は、そのように読むべきものだと思います。

 

 哲学とは批判的思考のプロテスということには賛成できるものの、個人的にはソクラテスの対話には、誠実さを感じられない。というのも、彼は対話をしているというよりも、誘導尋問しているように見えるからだ。一般的にソクラテスメソッドとは、相手と対話することを重視し、相手が納得することを一つずつ積み重ねていくことで結論をだすこととされているが、私にとっては何か“言質をとってくる”という印象が極めて強い。プロタゴラスにボコボコにされる本作ではまだましだが、『饗宴』では特にそう感じた。

 

5. 感想

 2000年以上前に書かれた本作だが、議題は現代でも通用するものだ。例えば、「専門家でもないのに、市民が政治に口をだすのはなぜなのか」、や「良いこととわかっていながら、良いことが実行できないのはなぜか」など、古代ギリシャの問題意識が現代にも通じるというのはなんとも痛快だ。人類が進歩してないことの証左でもあるが。

 

 

 

 

 

 

ローラン・ビネ『HHhH』

 

HHhH (プラハ、1942年) (海外文学セレクション)

HHhH (プラハ、1942年) (海外文学セレクション)

 

  本書のタイトルの「HHhH」とはドイツ語で「ヒムラーの頭脳はハイドリンヒと呼ばれる」という文の頭文字を取ったものだ。「金髪の野獣」「第三帝国で最も危険な男」と恐れられたハイドリンヒの暗殺を史実に忠実に描いた歴史小説。紋切型で嫌いな表現だが、事実は小説よりも奇なりという言葉がまさに当てはまると思う。リアルってすごいなって思えた。

 本書の特徴は、筆者が文中に全面に出てくることと、偏執狂のごとく事実に拘ることだ。歴史小説というのは、司馬遼太郎が代表例だけれど、創作がはいる。本当にあった話に、嘘の話を盛り込む。しかし、この本では一切創作がない。いや、確かに創作部分があるが、ここは創作ですと筆者がいちいち注釈してくれるのだ。読書感は、映画のDVDを副音声に監督の解説の副音声をつけて見るのに近い。

 読書が好きな人なら、夢中になって読んでいる本に終わりがくるのが惜しくなることがあると思う。ここでは逆に、作者のビネが、結末を書くのをなんとしても避けようというのが伝わってくる。

 あと、歴史の勉強になったなぁ。大国に囲まれてるチェコスロヴァキアって本当に悲惨。

1936年、チェコスロヴァキアの情報機関を指揮するモラヴェッツ少佐は、大佐に昇進するための試験を受けた。課題の中には次のような仮定の状況に答える問題があった。

 

チェコスロヴァキアがドイツから攻撃を受けたという状況にある。ハンガリーとオーストリアも敵対している。フランスは動かず、1920年から21年にかけては〈小協商〉が締結されている。さて、チェコスロヴァキアにとって、いかなる軍事的解決が考えられるか?」(中略)

 

モラヴェッツの回答は単純明快、「軍事的には解決できない」というものだった。彼は試験に合格し、大佐に昇進した。               

 1938年、ヒトラーはチェコとドイツの国境地帯であるスデーテン地方の割譲を要求する。チェコのベネシュ大統領はこれを拒否し、フランスとソ連の支援を期待したが、イギリス・フランス・ドイツ・イタリアの4カ国で行われた(当事国であるのにチェコスロヴァキアが参加が認められてない!)ミュンヘン会談においてスデーテン地方の割譲が認めたれた。宥和政策の頂点である。

戦争はなんとしても避けなければならないというと、ヒトラーにソ連を叩いて欲しいとの考えで妥協したのであった。

チャーチル「戦争か不名誉か、そのどちらかを選ばなければならない羽目になって、諸君は不名誉を選んだ。そして得るものは戦争なのだ」

1939年、ヒトラーはチェコスロヴァキアを解体し、チェコを保護領に、スロヴァキアを保護国にした。ヒトラーがチェコの大統領に調印させるエピソードがまた凄いんだけど、それは本書で。

 

 

詳説世界史研究

詳説世界史研究

 

 

愛について語るときにソクラテスが語ること(プラトン『饗宴』)

 

饗宴 (光文社古典新訳文庫)

饗宴 (光文社古典新訳文庫)

 

 

 恋愛をしてるときほど素晴らしいときはないでしょう。もしかしたら、あなたはその素晴らしさについてポエムでも書いたことがあるかもしれない。あるいは青春時代に友達と語り合ったかもしれない。本書は恋愛について、古代ギリシャの人が酒の場の余興で演説合戦したものをまとめたものです(実際はプラトンの創作だそうです)。恋愛について誰かと語り合うときに教科書として使えそうです。もっとも、ここで語られている恋愛は我々が想像するような恋愛と違います。それは少年愛と呼ばれる、成人男性が少年を愛する当時の恋愛についてです。ぐふふ。ちなみに少年愛と同性愛はまた別のものなんですが、詳細は本書の解説を読んでください。

 
本書の王道の読み方は愛(エロス)を題材にしてプラトンのイデア論を理解することなんでしょうけど、もっと低俗に、人類最古(たぶん)のBLとして読んでみるのも面白いと思います。むしろ私はそう読みました。例えば、ソクラテスにたぶらかされたと主張する元「恋人」アルキビアデスの話
 
 ぼくは、ソクラテスと二人きりで過ごした。ぼくは、この人はすぐさま、求愛する人が少年と二人きりになったときに語り合うようなことを、僕と語り合うだろうと思い、胸が高鳴った。ところが、どうだろう。そのようなことは、なにも起こらなかった。彼は、僕といつもどおりのことを語り合い、僕と一緒に一日を過ごすと、帰っていった。
 その後、ぼくは彼を運動に誘い、一緒に運動をした。そうすれば、そこでなにかが起こるだろうと考えたのだ。こうしてぼくと彼は一緒に運動やレスリンをした。このようなときには、しばしば周囲に人影はなかった・・・いや、これ以上、何を言えというのか。それ以上の進展はなかったのだから。
皆さん、レスリングですよ。レスリング。それも周囲に人影がいない場所でのレスリングw
 
まんまAVじゃねーかwww
 
あと彼がソクラテスが美少年をはべらしているのを見つけて嫉妬に狂うシーンでも結構笑えます。
 
訳文は読みやすく、また解説が丁寧につけられていて良かったです。